ウインターフライトのすすめ


 日本の冬は寒い。しかしこのシーズンは冬ならではの魅力的なアウトドアスポーツで溢れています。中でもスノーボードはパラフライヤーにも人気のようです。フライトエリアの周辺にスキー場がたくさんあることも理由の1つでしょうが、スノーボード独特の浮遊感もパラフライヤーに受け入れられる理由のようです。フライトができない日には頭を切替えて他のアクティブスポーツを楽しむ、とっても合理的な考え方です。
 しかしウインターシーズンは、他のシーズンでは味わえないパラグライダーの魅力を再認識する絶好の季節でもあるのです。サーファーパラダイス:ハワイ・オアフ島のノースショアでは、特に冬にビッグウエーブがやって来ます。パラフライヤーにとって、澄み切った空気と安定したサーマルこそがビッグウエーブです。今回はウインターシーズンを楽しむためのアドバイス特集です。



気象

 日本の冬は列島の西側に寒気を伴った高気圧・東側にはやや暖かい低気圧が居座る「西高東低」といわれる特徴的な気圧配置になります。この気圧配置は強い北西風を生みだしフライトにはあまり適さない状況を作り出します。さらに大陸からの寒気は日本列島の山脈の尾根にぶつかり、特に日本海側に降雪をもたらします。ウインタースポーツ愛好者にとって降雪は待ちに待った季節の始まりで、心持ちにしている方も多いことでしょう。反面、地域生活に及ぼす影響は大きく厳しい季節の始まりでもあるのです。また冬に積もった雪は、天然の貯水システムを作り出し、夏期に安定した水を列島中に供給するという大切な役割を果たしているのです。
 その中で私たちが楽しむパラグライダーは、自然に対しては全く無防備です。言い換えれば「あるがままの自然を楽しスポーツ」といえるでしょう。その自然のメカニズムをより深く理解するこにより、自然が与えてくれる最高の瞬間を最大限に楽しむことができるのです。



どんな時が良いのだろう?

 皆さんの多くは天気予報で発表される天気図を基に、フライトの可能性を予想していることでしょう。まず最も分かり易いサインは、天気図中の等圧線の混み具合です。西高東低の気圧配置を取っている場合は等圧線が縦に細かく並びます。等圧線は地図で言う等高線と同じです。つまり傾斜がきついほど流れる水の速度も早くなるように、等圧線の間隔が狭ければ狭いほど風の強さも強くなります。こうして風の強さに関しては、大まかな予想は立てられます。この季節の風向は一般的に北から西に吹くことが多く、この風に適したエリアは国内にはそれ程多くはありません。しかし本流とは別に、特定の地域やエリアだけに吹く風がこの季節のフライト確率を上げてくれます。
 冬型が続く中でも、高気圧が低気圧をはね除け広く日本列島を覆う日があります。これを「冬型が緩む」といい、移動性の高気圧が上空を支配した時それが、冬のベストフライト日和になるのです。しかし高気圧が覆うよりも速い速度で低気圧が発達する場合もあるため、直前の天気図を再確認しなくてはなりません。「こんなはずじゃなかった」というのはこの季節には良くあることです。「冬の天気の回復は遅れがち」というルールも忘れてはならないでしょう。
 そしてもう1つ、夏とは大きく異なるのが風速です。夏は上空と地表の風速の差が余りありません。しかし冬は高度が上がるに連れ風が強くなることに注意が必要です。仮に標高1000m以上の高度でフライトをするなら、地表付近に比べ約2倍の風が吹いていると考えて下さい。それを前提にフライトを考えなければ、予想外の危険に遭遇する場合もあります。
 サーマルは温度差により発生することが知られています。さらに冬の雲底高度は、気温減率から言っても夏と比べると高くなり易く、上空に寒気が入ると思いのほか強いサーマルに当たる確率が高くなります。当然、ビックフライトが待っています。反面いくつかの注意点を理解していないと、楽しいどころか恐怖のフライトにもなりかねません。



温度に注意

 冬のフライトでは誰もが気温の低下を実感することでしょう。時には小春日和の暖かな日もあるのですが、こんな日でも注意が必要です。仮にテイクオフの温度が10℃あったとしましょう。気温減率は100mで0.6〜0.7℃下がるとすると、1000mゲインした場合に気温は一挙に3℃になってしまいます。また対気速度により体感気温は下がり、10m/secの風の中でフライトしているのであれば(1m/secで−1℃として)、体感温度は−7℃になるのです。
 せっかくのビッグフライトのチャンス。一度テイクオフしたなら、1時間以上は飛び続けたいものです。そのためにも耐寒装備の充実は忘れられません。かく言う私自身も何度も上空で後悔を繰り返し、ランディングを余儀なくさせられ経験があります。常に上空の気温を基準に装備を考えなければいけないのです。



技術的要因

 冬のフライトは前項で述べたように、強いサーマル・強い風・高い高度に対して十分な注意が必要になります。あなたが冬の高高度フライトを初めて体験するのであれば、これからの文章を良く読んで下さい。この冬、グライダーを新調した方も同様です。
 あなたのグライダーがDHVクラス1-2だとします。しかしDHV1-2であろうと乱流に対しては為す術はありません。ここで再確認しておきたいのは、DHVやSHVなどのパラグライダーの安全基準は、安定大気中に起こす故意の潰れに対しての安全性に対して基準を作っているということです。
 乱流の源:サーマルは常にパイロットに対して多くの技術を要求してきます。例えば夏の大気が穏やな時に比べ全ての運動が速く起こり、同時に対処するための反応速度にも余裕が少なくなります。個人的経験ではサーマル出入り口付近での下降流や、サーマルを外したことで起きるピッチングを伴った大きな潰れは、上昇率が多きい分だけ激しいものになり、より注意力を要求されます。
 もちろん風の強さに対する注意力の怠ってはいけません。地形的な吹き抜けや、リッジ絡みのソアリング中に回り込みすぎバックしてしまう等、通常の季節よりワンランク上の安全マージンを考えなくてはなりません。決して冬というシーズンが悪いのではなく、単にパイロットが季節の特長に気付いてないことが問題を引き起こしているのでる。季節の違いに関わらずコンディションの変化や違いが有利なのか不利なのかは、経験を積んだパイロットとそうでないパイロットとを振り分ける重要な要素です。



地上でできること −グランドハンドリングの勧め−

 グランドハンドリングの重要性は、今までもことある度に触れてきました。グランドハンドリングの利点は地上でできること。当然リスクは少なく、確実に技術を向上させることができるのです。グランドハンドリングの練習を積極的に取り入れることの有用性に関しては誰も異論はないでしょう。
 ライズアップを何度も行い、立ち上げた後に変化する風速や風向に対応するためのコントロールや体重移動を併用したコントロールの要領をつかみましょう。
グランドハンドリングでは特にテンションに注意を払ってみましょう。ブレークコードの重さの変化やカラビナ・ハーネスのバランスを含めた全てのテンションのことです。ここにはキャノピーの状況を伝える全ての情報が込められています。その中で大切なことは常に変化するキャノピーの動きを目視で確認し、目で見た状況とブレークコードから伝わる情報と客観的なイメージをあなたの中で一致させることです。空中で起こる全ての状態が再現できるのです。
 潰れを起こす課程の中には、2つの問題点があります。第1の問題点は潰れるまでの過程にあり、ブレークコードを通し送られてくる情報や変化を無視し続けることです。第2の問題点は潰れに対する対応ミスで、引き起こされた問題を更に大きくしてしまう可能性があります。キャノピーは潰れるまでの間、常に何らかの変化や信号を出していることを知って下さい。例を上げれば急激な上昇があったり、ブレークコードのプレッシャー(重さ)の変化があったりな、必ずと言って良いほど事前に何らかの兆候があり、その後に挙動や音などの2次的な変化が起きるということを認識してほしいのです。その事前に送られてくる情報を的確に読みとる技術を習得するためにも、グランドハンドリングは重要な意味を持つているのです。

 最終的には目視せずにキャノピーの状況が把握できるようになりましょう。実際のフライトでは、キャノピーばかりを見上げている訳にはいきません。頻繁に顔を上げることで水平レベルの感覚が失われたり、対地高度の確認が遅れるなどのマイナス要因が多くなります。五感を研ぎ澄まして、キャノピーの状況が的確に理解できることが最も大切です。



予測と認知

「キャノピーがピッチングを起こしていることを、何を手掛かりに確認していますか?」
エリアでこんな質問をしてみました。多くのパイロットから「体で感じた時」とか「目線が変わることで」との答えが帰ってきました。殆どのパイロットが同じ内容の答えを返してきました。もちろんそれが間違っているのではありません。パイロットは何らかの変化を感じ、その2次的な動きにより現象を認知するということが一般的な流れなのだろう。
 以前ウルトラライトプレーンの事故について学会での発表を公聴する機会があった。発表の中で特に興味深かったことは次のことである。フライト中にピッチングが起きる。パイロットは感知して意識的にそれを止めようとする。しかし操縦をすることと認知するタイミングの遅れがより大きなピッチングを生みだし、結果的には操縦不能に陥るといった報告でした。それを容易にパラグライダーに当てはめることはできませんが、パラグライダーは航空機の中でもかなり特殊な翼といえます。この特徴故にパラグライダーの手軽さがあるのですが、反面「潰れる」という翼の変形を起こしてしまいます。
 ウルトラライトプレーンを含め固定翼の操作は操縦桿で行われます。操縦桿を動かすのに必要な力(応舵力)やある一定の現象の中で起こるその応舵力の変化を読みとるという技術が固定翼を操縦する上で必要になるのです。パラグライダーで操縦桿の役割を果たすのは、ブレークコード(コントロールコード)です。しかしブレークコードの持つ役割を正しく理解していないパイロットがあまりに多いことに驚かされます(そのことは先の質問が教えてくれます)。あなたのキャノピーがピッチングを起こっている時でさえ、1次的な要素(ブレークコードの張力の変化)が情報を送っているのです。それを見逃してしまうことは、パイロットのレベルに関係なく最も危険なミスといえます。
 手や腕、体が感じる情報を、キャノピーを安定させたり潰れを予測するといったパラグライダーならではの独特な技術で生かして下さい。これを習得して潰さずに乗れるパイロットに1日も早くなって下さい。ウインターシーズン。パラグライダーのフライトにとって決して避ける必要のない素晴らしいシーズンです。しかしこのシーズンの特長を再度確認してフライトにチャレンジして下さい。季節の特徴を知り、理解し、楽しむ。そうすれば四季を通じあるがままの自然の中でフライトを楽しむことができるでしょう。思う存分、日本の冬を楽しんで下さい。



◆◇◆ はみ出しコラム ◆◇◇

重ね着のコツ 

 「着膨れラッシュ」という言葉をご存じでしょうか? 冬になるとコートなどの防寒具を着込んだ人でいつも以上に混雑する車内の様子を表現しています。最近は新素材の進歩で保温性に優れ軽い素材が増えているので昔ほどではないようです。しかし気合いを入れて冬のフライトともなると「あるものをとにかく重ねて着ました」というような効率の悪いフライヤーを目にします。いくら運動量が少ないパラグライダーといえ、ハーネスに座れない程着込んではいけません。
 暖かく運動性を妨げない重ね着の方法をお教えしましょう。人間の体は気温に関係なく汗をかき、そのまま放置すると急激な体温の低下を招いてしまいます。襟足や袖口からの隙間風も体温低下を増長させています。このことから肌に接する衣類は速乾性と保温性に優れた資材の衣類を使用します。例えば登山隊が使用するような高価な下着はそれらの機能を持ち合わせているのです。
 その上にはフリースのような軽くて保温性に優れた素材の衣類を用いると良いでしょう。この層では体温によって暖められた空気を効率的に保温します。フリース素材にも様々な厚さのものがありますが、なるべく薄手のものの方が動きを妨げなので良いでしょう。アウターにはフライトワンピース(オーバーオール)を着用するのが一般的です。ワンピース構造は隙間風を防ぎ、せっかく暖めた衣類中の空気が冷やされることがありません。素材は防風性と発汗性を兼ね備えていること。中間層の重ね着をコントロールすることで気温に対応します。効率よく重ねて着用することで衣類の間に空気の層を作り、体温で暖められた空気を逃さずに貯め込む考え方が基本になります。最近では化学反応による発熱を利用した衣類なども発売されています。「保温性と衣類の厚みは反比例している」のが現実のようです。

ハーネスのセッティング

 ウエアーを重ね着し過ぎることで起きる一番の不具合が、ハーネスのセッティングです。着膨れたことでハーネスに座れない、計器類が見えない、体が動か難いなど色々な弊害が出てきます。シュミレーターを使い冬用のセッティングを取り直して下さい。テイクオフしてからでは手遅れです。(写真7)

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